由緒
高良大社は、福岡県久留米市の高良山(標高312メートル)に鎮座する神社で、旧筑後国の一の宮として古くから篤い信仰を集めてきました。社伝によれば履中天皇元年(400年)の鎮座と伝わり、仁徳天皇55年または78年の鎮座とする異説もあります。高良山にはもともと高木神が鎮座していたが、高良玉垂命が結界を張ってこの地に鎮まったとする鎮座伝説も伝えられています。
弘仁9年(818年)に名神に列せられ、寛平9年(897年)には正一位の神階を授かりました。『延喜式』神名帳には「筑後国三井郡 高良玉垂命神社」として名神大社に記載され、平安時代から筑後国随一の社格を誇る神社として朝廷からも重んじられてきたことがうかがえます。明治4年(1871年)に国幣中社に列格し、大正4年(1915年)には国幣大社に昇格。戦後は神社本庁の別表神社として、現在も九州有数の古社としての格式を保っています。
御祭神は、正殿に高良玉垂命(こうらたまたれのみこと)、左殿に八幡大神、右殿に住吉大神を祀り、本殿内にはさらに豊比咩大神も合祀されています。高良玉垂命は『古事記』『日本書紀』のいずれにも登場しない神であり、その正体については神功皇后の側近であった武内宿禰とする説、物部氏の祖神とする説、海人族の阿曇磯良とする説など古くからさまざまな解釈があり、今も定まっていません。この謎めいた出自もまた、高良大社の信仰に独特の奥行きを与えています。
高良山の山腹一帯には、高良大社よりもさらに古い時代の遺構である「高良山神籠石(こうらさんこうごいし)」が広がっています。これは6〜7世紀頃に築かれたと考えられる古代の山城跡で、巨大な切り石を連ねて谷筋を塞ぐように築かれ、全長は約1.5キロメートル、切石の数は約1300個にも及びます。白村江の戦い(663年)で唐・新羅連合軍に敗れた前後の緊迫した対外情勢の中で、大和政権が北部九州防衛のために築いた山城のひとつと考えられており、国の史跡に指定されています。実はこの高良山の遺構こそが「神籠石」という名称の発祥地であり、その後全国各地で見つかった類似の遺跡も同じ名で呼ばれるようになりました。
見どころ
現在の本殿・幣殿・拝殿は、万治3年(1660年)から翌寛文元年(1661年)にかけて、久留米藩3代藩主・有馬頼利の寄進によって建立されたものです。桁行三間・梁間三間の入母屋造で杮葺、周囲には三手先の腰組と勾欄付きの廻り縁をめぐらせた壮麗な社殿で、神社建築としては九州最大級の規模を誇ります。参道入口に立つ石造の大鳥居も、明暦元年(1655年)に2代藩主・有馬忠頼が寄進したもので、本殿・幣殿・拝殿とあわせて昭和47年(1972年)に国の重要文化財に指定されました。
表参道には131段の石段「本坂」があり、傾斜約30度、高低差約20メートルの見応えのある石段からは久留米の街並みを望むことができます。石段を上るのが難しい参拝者のためには、乗合式の有料スロープカーが並行して設置されており、約1分半で境内へ上ることができます。境内からさらに奥へ進むと、本殿の後方の山中に「奥宮(奥の院)」があり、白鳳7年(678年)に開山したと伝わる毘沙門堂や、神さまが手を洗ったという御手洗池など、静かな信仰の空間が広がっています。境内にはほかにも、全国でわずか4か所しか自生地がないとされる国指定天然記念物「孟宗金明竹林」や、縁結びの「夫婦榊」なども見どころとして知られています。
参拝のポイント
境内は終日参拝が可能ですが、御祈祷や御朱印を扱う社務所の受付は9:00〜16:00です。境内には第1〜第6駐車場まで計6か所の無料駐車場が用意されており、特に孟宗金明竹林近くの第5・第6駐車場は広めです。ただし初詣や10月の例大祭「高良山くんち」の時期は大変混み合うため、車で訪れる場合は時間に余裕を持つことをおすすめします。展望所からは久留米市街や筑後平野を一望でき、夜景スポットとしても親しまれています。
年中行事・お祭り
- 川渡祭(かわたりまつり/通称「へこかき祭」、6月1日・2日): 茅の輪をくぐり半年間の罪穢れを祓う夏越の祓えの行事で、高良大社では特に「へこかき祭」の通称で親しまれています。
- 例大祭・高良山くんち(10月9日〜11日): 高良大社にとって最も重要な祭礼で、神幸行列など多彩な神事・奉納行事が3日間にわたって行われます。
- 御神期祭(50年に一度): 半世紀に一度斎行される特別な大祭で、平成4年(1992年)には「千六百年御神期大祭」が執り行われました。
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よくある質問
- Q. 高良大社はどのような神社ですか?
- A. 高良大社は福岡県久留米市の高良山に鎮座する神社で、旧筑後国の一宮(一の宮)にあたります。延喜式神名帳には「筑後国三井郡 高良玉垂命神社」として名神大社に記載され、九州を代表する古社のひとつです。明治以降は国幣中社、のちに国幣大社に列し、現在は神社本庁の別表神社となっています。
- Q. 高良大社の御祭神は誰ですか?
- A. 正殿に高良玉垂命(こうらたまたれのみこと)、左殿に八幡大神、右殿に住吉大神をお祀りし、本殿内には豊比咩大神も合祀されています。高良玉垂命は記紀に登場しない神で、武内宿禰であるとする説や、物部氏の祖神とする説、阿曇磯良とする説など古くから諸説あり、正体は定まっていません。
- Q. 高良山神籠石とは何ですか?高良大社との関係は?
- A. 高良山神籠石は、高良大社の背後にそびえる本宮山の山腹一帯に築かれた古代の山城跡で、国の史跡に指定されています。6〜7世紀頃、切石を連ねて築かれた朝鮮式山城で、全長約1.5kmにわたり約1300個もの巨石が並びます。白村江の戦い(663年)前後の対外情勢の中で、大和政権が北部九州防衛のために築いたとする説が有力です。「神籠石」という遺跡名称自体、この高良山の遺構が学会に報告されたことに由来しています。
- Q. 高良大社の本殿は文化財に指定されていますか?
- A. はい。現在の本殿・幣殿・拝殿は、万治3年(1660年)から寛文元年(1661年)にかけて久留米藩3代藩主・有馬頼利の寄進により建立されたもので、神社建築としては九州最大級の規模を誇ります。参道入口の石造大鳥居とあわせ、昭和47年(1972年)5月15日に国の重要文化財に指定されています。
- Q. 高良大社へのアクセス方法とスロープカーについて教えてください。
- A. JR久大本線「久留米大学前駅」からタクシーで約9分、九州自動車道「久留米IC」からは車で約15分(約4.7km)です。表参道には131段の石段「本坂」があり、この脇には歩行が困難な方でも利用しやすい有料のスロープカーが設置されています。境内には第1〜第6の無料駐車場が計6か所あります。



