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熊野出速雄神社

熊野出速雄神社

くまのいではやおじんじゃ・長野県長野市

写真: Thirteen-fri / CC BY-SA 3.0

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由緒

熊野出速雄神社は、長野県長野市松代町の南東にそびえる皆神山(標高659メートル)の山頂に鎮座する神社です。社伝によれば奈良時代の養老2年(718年)、出速雄命(いではやおのみこと)を勧請して創建されたと伝わり、2018年に創建1300年の節目を迎えました。出速雄命は諏訪大神(建御名方命)の御子神とされ、この地方を切り開いた開拓の祖神・農耕を司る神として古くから崇敬されてきました。

中世以降、皆神山は熊野系修験道の一大聖地として栄え、熊野権現の分霊を勧請したことから「熊野三社大権現」と称されるようになりました。皆神山では山伏(修験者)による厳しい山岳修行が盛んに行われ、周辺には今なお修験の歴史を伝える史跡が残っています。明治維新の神仏分離令により修験者は還俗を余儀なくされ、社名はあらためて「熊野出速雄神社」と定められました。地元では山頂の本社(熊野出速雄神社)と参道正面に建つ侍従神社(じじゅうじんじゃ)などの境内社を総称して「皆神神社」と呼び習わしています。

境内社の侍従神社には、侍従大神(じじゅうおおかみ)が祀られています。伝承によれば、信濃国佐久の内山城主・内山満顕の三男として生まれ、皆神山で修験者として修行した人物で、弘治2年(1556年)に入定(にゅうじょう)した際、自らを大聖不動明王の化現であると三度宣言したと伝えられています。「児育て・寿命・火鎮の神」として篤く信仰され、地元では子供を侍従坊の弟子にすれば無病息災に育つという言い伝えがあり、子供が生まれると一度は参拝する習わしが今も残っています。

現在の本殿は康応元年(1389年)に再建されたものと伝わり、平成6年(1994年)8月15日に長野県宝(県指定文化財)に指定されています。山岳信仰の歴史を伝える建築として、貴重な存在です。

見どころ

皆神山最大の特徴は、その独特な円錐形の山容です。周囲の山々とは明らかに異なる整った形をしていることから、1930年代にキリスト教伝道者・オカルティストの酒井勝軍(さかいかつとき)が「太古の日本に築かれた人工のピラミッドである」と提唱し、以来「世界最大最古のピラミッド」という説が広まりました。酒井の著書『太古日本のピラミッド』は当時の当局によって発禁処分を受けており、この説は今日に至るまで学術的に実証されたものではなく、あくまで一つの伝説・都市伝説として扱われるべきものです。山中の案内板には、祭神たちを高度な技術を持つ存在になぞらえる記述も見られますが、これも民間伝承の域を出ません。

一方、地質学的な調査では明確な答えが出ています。ボーリング調査によって、皆神山は約30万〜35万年前に活動した安山岩の溶岩ドーム(粘り気の強い溶岩が火口付近に盛り上がってできた自然の地形)であることが確認されており、溶岩の層は150メートルほどの厚さに達します。人工的に築かれた構造物であるという物的証拠は見つかっていません。山の中腹には、ピラミッド伝説の「入口」とも噂される岩戸神社(いわとじんじゃ)があり、岩の洞窟の奥に神鏡が祀られています。お社らしい建物はなく、洞窟そのものがご神体という素朴な信仰の形を今に伝えています。

もう一つの見どころは、1965年(昭和40年)8月3日から約5年半にわたって続いた「松代群発地震」です。震源は皆神山の直下に集中し、総地震数は71万回を超え、有感地震だけでも6万回以上を記録しました。活動のピーク時には皆神山そのものが最大で約1メートル隆起し、推定約1,000万立方メートルもの地下水が噴出、南側の牧内地区では地滑りが発生して家屋11戸が倒壊する被害も出ています。原因は火山噴火ではなく、地下深部の高圧の水(熱水)が岩盤を破砕したことによる「水噴火」モデルが定説となっており、今日でも地震学上の貴重な研究事例とされています。ピラミッド伝説とは異なり、こちらは実際に観測・記録された地質学的な出来事です。

参拝のポイント

境内へのお参りは24時間可能ですが、社務所に神職が常駐しているわけではなく、御朱印は書き置きでの授与となります。山頂近くまで車で上がることができ、随神門の脇に参拝者用の駐車場が用意されていますが、山道は道幅が狭いため、徒歩での参拝はあまり推奨されていません。車で訪れる際は対向車に注意しながらゆっくりと進んでください。境内は決して大きくありませんが、静かな山頂に漂う独特の空気と、松代・川中島平を見渡す眺望は一見の価値があります。

年中行事・お祭り

  • 根古下ろし祭(1月4日):新しい藁で作った大きな注連縄と、初詣の願いを記した木札を境内入口に飾る神事。餅で作った稲穂に見立てた飾りや、ヌルデの木で作った小さな農具を供え、その年の五穀豊穣を祈願します。
  • 初穂祭・通称「麦の祭り」(7月28日):収穫した麦を前夜に臼と杵で七回半清め、翌日に神聖な火で蒸したうえで、生の麦とともに御祭神に供え、収穫への感謝を捧げる神事です。
  • 根古巻き祭(12月23日):1月からの祈願の締めくくりとして、餅で作った「根古(ねこ)」を供え「根古巻き」の神事を行い、一年間の実りへの感謝を捧げます。
  • 皆神山ピラミッド祭り(5月5日):地元の町内会・実行委員会が主催する催しで、皆神山の「世界最大最古のピラミッド」という言い伝えにちなみ、毎年5月5日(こどもの日)の午前10時頃から午後1時頃まで開催されます。神社の祭事そのものではなく、地域が育んできたピラミッド伝説を楽しむ民間の催しです。

周辺のグルメ・観光

  • 松代城跡:武田信玄の命により山本勘助が築いたと伝わる城跡で、後に真田家十万石の居城として栄えました。国指定史跡に指定されており、皆神山からは車で15分ほどの松代の中心部に位置しています。
  • 真田邸:江戸時代末期に松代藩九代藩主・真田幸教が建てた御殿で、松代城関連の建物として唯一当時のまま残る貴重な建築です。松代城跡のすぐ近くにあります。
  • 松代大本営地下壕(象山地下壕):太平洋戦争末期、大本営の移転先として皆神山・舞鶴山・象山の地下に掘られた総延長約10キロの地下壕群の一部で、象山地下壕のみ一般公開されています。皆神山の地下にも壕が掘られており、この山が持つもう一つの歴史を伝える史跡です。

よくある質問

Q. 熊野出速雄神社(皆神神社)の御祭神とご利益は?
A. 主祭神の出速雄命(いではやおのみこと)は諏訪大神の御子神とされ、この地方を切り開いた開拓の祖神・農耕の神として祀られています。あわせて伊邪那岐尊・伊邪那美尊・速玉男命・事解男命という熊野系の神々が祀られており、五穀豊穣・開拓成就のご利益で知られます。境内の侍従神社に祀られる侍従大神は「児育て・寿命・火鎮の神」として信仰され、子供を侍従坊の弟子にすれば無病息災に育つという言い伝えから、出生時の参拝も習わしとなっています。
Q. 皆神山が「ピラミッド」と呼ばれるのはなぜですか。史実なのですか?
A. 皆神山が円錐形の特異な山容を持つことから、1930年代に酒井勝軍(さかいかつとき)というキリスト教伝道者・オカルティストが「太古の日本には人工のピラミッドが存在した」とする説を唱え、皆神山をその一つとして紹介したのが発端です。酒井の著書『太古日本のピラミッド』は当時の当局により発禁処分を受けており、この説は現在も学術的に実証されたものではなく、あくまで一つの言い伝え・都市伝説として扱われています。地質学的なボーリング調査では、皆神山は約30万〜35万年前に活動した安山岩の溶岩ドーム(自然の地形)であることが確認されており、人工物であるという証拠は見つかっていません。
Q. 松代群発地震と皆神山にはどのような関係がありますか?
A. 松代群発地震は1965年8月3日から約5年半にわたって続いた地震活動で、震源は皆神山の直下付近に集中していました。総地震数は71万回を超え、有感地震だけでも6万回以上を記録した、世界的にも例の少ない長期群発地震です。活動のピーク時には皆神山が最大で約1メートル隆起し、大量の湧水(推定約1,000万立方メートル)が噴出、山の南側の牧内地区では地滑りにより家屋11戸が倒壊しました。原因はマグマの噴出ではなく、地下深部の高圧の水(熱水)が岩盤を破砕したことによるとする「水噴火」モデルが定説となっています。これはピラミッド説とは無関係の、科学的に研究された実際の地震災害です。
Q. 熊野出速雄神社は無人の神社ですか?御朱印はいただけますか?
A. 皆神山山頂という立地もあり、常時神職が社務所に詰めているタイプの神社ではなく、御朱印は書き置きでの授与となります。無人の時間帯が多いことが前提の神社ですので、御朱印の在庫や授与方法については訪問時の掲示に従ってください。境内へのお参り自体は終日可能です。
Q. 熊野出速雄神社へのアクセス方法や駐車場、参拝時間は?
A. 住所は長野県長野市松代町豊栄5464-2、上信越自動車道「長野IC」から車で約30分です。山頂近くまで車で上がることができ、随神門脇に参拝者用の駐車場があります。道幅が狭いため徒歩での参拝は推奨されておらず、車での訪問が基本となります。境内参拝は24時間可能です。

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