由緒
日前神宮・國懸神宮は、和歌山県和歌山市の一つの境内に日前神宮と國懸神宮という二つの神宮が並び立つ、全国でも類を見ない形式の神社です。両宮をあわせて「日前宮(にちぜんぐう)」とも呼ばれ、紀伊国(現在の和歌山県)の一宮として古くから篤い崇敬を集めてきました。
社伝によれば、その起源は神武天皇2年にまでさかのぼるとされます。紀伊国造(きいのくにのみやつこ)家の始祖である天道根命(あめのみちねのみこと)が、神武天皇の東征後に紀伊国造に任じられ、二つの神鏡とともに紀伊国名草郡毛見郷(現在の和歌山市の海沿い)の地に奉斎したのが当宮の始まりと伝えられています。その後、垂仁天皇16年に現在の秋月の地へ遷座し、今日に至っています。
この二つの神鏡には、伊勢神宮とも深く関わる神話が伝えられています。『日本書紀』の伝えるところによれば、天照大御神が天岩戸にお隠れになった際、鏡作りの神である石凝姥命(いしこりどめのみこと)は、最終的に完成し伊勢神宮の御神体となる八咫鏡(やたのかがみ)を鋳造するのに先立ち、試しに鏡を鋳造したとされます。その試作の鏡こそが、日前神宮の御神体・日像鏡(ひがたのかがみ)と、國懸神宮の御神体・日矛鏡(ひぼこのかがみ)であると伝えられているのです。両鏡は八咫鏡と同等の宝鏡とされ、日前大神・國懸大神は「準皇祖神」として特別な扱いを受けてきました。実際、両宮の神は歴史上一度も朝廷から正式な神階(神々の位階)を授けられておらず、これは伊勢神宮と並んで日本の神社の中でもきわめて特異な事例とされています。もっとも、これはあくまで八咫鏡が完成する前段階の試作の鏡という神話上の位置づけであり、伊勢神宮の鏡そのものより格上・古参であることを意味するものではない点に注意が必要です。
『延喜式神名帳』には両宮とも「名神大社」として記載され、紀伊国一宮の地位を確立しました。明治4年(1871年)には官幣大社に列せられましたが、現在は神社本庁に属さない単立神社として運営されています。天正13年(1585年)の豊臣秀吉による紀州征伐では社領を没収され荒廃しましたが、江戸時代に入り紀州徳川家初代藩主・徳川頼宣の庇護のもとで再興されました。現在の社殿は大正8年(1919年)から大正15年(1926年)にかけて整備されたもので、向かって左手に日前神宮、右手に國懸神宮が左右対称に並ぶ現在の姿となっています。
見どころ
境内で最も印象的なのは、深い社叢(しゃそう)に守られた左右対称の社殿配置です。一つの大きな鳥居と太鼓橋をくぐった先で参道が分かれ、向かって左の日前神宮、右の國懸神宮それぞれに独立した拝殿・本殿が設けられています。二つの神宮が一つの境内に等しく並び立つ光景は、他の神社ではなかなか見ることのできない貴重なものです。
境内の鎮守の森は「日前宮の社叢」として親しまれ、都市化の進む和歌山市街地にありながら、古代からの原生林の面影を残す豊かな緑に包まれています。参道脇には歴代の崇敬者が奉納した石灯籠が立ち並び、境内社である中言神社(なかごとじんじゃ、名草姫命ほかを祀る)や天道根神社(あめのみちねじんじゃ、始祖・天道根命を祀る)とあわせて参拝すると、紀伊国造家と両宮の深いつながりをより感じることができます。
参拝のポイント
参拝時間は9:00〜16:40で、祈祷の受付は9:00〜16:00までです。御朱印は日前神宮・國懸神宮両宮の名がひとつにまとまった書き置きのみで、初穂料は300円です。境内は木々に囲われ静かな雰囲気なので、朝の時間帯に訪れると特に清々しい空気を感じられます。
車で訪れる場合は境内に無料の駐車場(最大100台、大型バス可)がありますが、西門や太鼓橋の前は車両通行禁止となっているため、案内表示に従って駐車してください。和歌山電鐵貴志川線「日前宮駅」からは徒歩1分ほどとアクセスも良好です。
年中行事・お祭り
- 節分祭・古神符焼上祭(2月3日):豆まきとともに、1年間お世話になったお守り・お札を焚き上げる神事が行われます。
- 日前宮薪能(4月8日夕刻):神楽殿を舞台に、かがり火の中で能が奉納される紀州の風物詩です。無料で観覧できますが、3月1日から配布される整理券が必要です。
- 例大祭(9月26日):日前神宮の例祭が10時から、國懸神宮の例祭が11時から執り行われる、両宮にとって最も重要なお祭りです。
周辺のグルメ・観光
- 井出商店:昭和28年創業、和歌山ラーメン「井出系」の元祖として知られる名店で、日前神宮から車で約5分の距離にあります。
- 和歌山城:日本100名城のひとつに数えられる紀州徳川家の居城で、日前神宮から車で10分ほどの和歌山市中心部にそびえています。
- 和歌山県立紀伊風土記の丘:国の特別史跡「岩橋千塚古墳群」を核とする博物館・史跡公園で、日前神宮の創祀にゆかりの深い紀伊国造家(紀氏)の墓とも伝えられる古墳群を間近に見学できます。
よくある質問
- Q. 日前神宮・國懸神宮の御祭神と御神体は?
- A. 向かって左手の日前神宮は日前大神(ひのくまのおおかみ)を、向かって右手の國懸神宮は國懸大神(くにかかすのおおかみ)をお祀りしています。日前大神の御神体は日像鏡(ひがたのかがみ)、國懸大神の御神体は日矛鏡(ひぼこのかがみ)と呼ばれる神鏡で、いずれも社殿の奥深くに祀られており、参拝者が直接目にすることはできません。
- Q. 御朱印はいただけますか?
- A. いただけます。受付時間は9:00〜16:40、初穂料は300円です。日前神宮・國懸神宮両宮の名がひとつにまとまった書き置き(あらかじめ用紙に押印されたもの)のみの授与で、参拝者ご自身の御朱印帳への直接の書き入れや、一之宮専用の御朱印帳への記入は行っていません。
- Q. 日前神宮・國懸神宮へのアクセス方法は?
- A. 和歌山電鐵貴志川線「日前宮駅」で下車するとすぐです。JR和歌山駅からはバスでも約10分「日前宮前」下車すぐで、車の場合は阪和自動車道「和歌山IC」から約5分です。
- Q. 駐車場はありますか?
- A. 境内に無料の参拝者用駐車場があり、最大100台まで駐車可能で大型バスにも対応しています。ただし西門や参道の太鼓橋の前は車両の通行・駐車が禁止されているため、係員の案内に従ってください。
- Q. 伊勢神宮とはどのような関係がありますか?
- A. 『日本書紀』では、天照大御神が天岩戸にお隠れになった際、石凝姥命(いしこりどめのみこと)が伊勢神宮の御神体・八咫鏡(やたのかがみ)を鋳造するのに先立って試しに鋳た鏡が、この日前神宮・國懸神宮の日像鏡・日矛鏡であると伝えられています。八咫鏡と同等の宝鏡とされ、両宮の神は正式な神階を授けられなかった点でも伊勢神宮と共通しており、これは日本の神社の中でも極めて特異な扱いとされています。ただし、あくまで八咫鏡が完成する前段階の鏡という位置づけであり、伊勢神宮の鏡より格上・古参であることを意味するものではありません。



